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20213.16

渋沢栄一流の「常識」



※本投稿のエッセンスを動画でもお伝えしています↑



皆さんは,「常識」という言葉をどのような意味合いで使っていますか?



「一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力」

Web上の辞書ではこのような定義が載っていましたが,このような意味合い

で使われている方が多いのではないでしょうか。



ところが,渋沢栄一の「常識」に対する解釈は全く別物です。


渋沢栄一は,「論語と算盤」の中で,「常識」について以下のような解釈(定義付け)を示しています。

「事に当たって,とっぴなことをせず,ガンコになりすぎず,ものごとの是非・善悪を見分け,利害・得失を識別し,言語と挙動のすべてが『中庸』にかなっているもの」(致知出版社「論語と算盤(上)」114頁)

「中庸」というのは,「四書五経」と呼ばれる中国の著名な古典の中の1つですが,言葉そのものの意味として,大まかにいえば「(極端に偏らない)ほどよい中ほど」というような意味合いを持っています。

「論語」の中で,孔子は「中庸の徳たるや,其れ至れるかな」(=中庸の徳というものは,完全で最高だ)と語っています。偏ったものの見方をせず,また,1つの視点に固執しすぎたりしないような,「バランスのとれた」ものの見方,考え方というものを孔子は大切にしていたのです。

渋沢栄一の「常識」に対する解釈も,これとほぼ同じことを表現していることが,お分かりいただけるかと思います。

 

大切なことは「バランス」です。

 

ここでいう「バランス」について,もう少し詳しくお伝えすると,以下のような要素が含まれています。

・(自分としては良いと思っていても)多くの人にとって「受け入れがたい」と感じるようなことを前面に出さない(=とっぴなことをしない)

・自分の意見を絶対視して,他者の意見を全く聴かないような意固地な姿勢をとらない(=ガンコになりすぎない)


・それぞれの立場や状況,環境等を見極めながら,物事の是非・善悪や,(自分と他者との)利害・得失を見極める(※自分の価値観のみで物事の是非・善悪や利害・得失を決めつけない)


「一般の社会人が共通にもつ」とか,「普通の知識・意見」等と表現してしまうと,人によって捉え方は様々であり,結局,「常識」というものは人の数だけ膨大に存在することになってしまいます。


これに対して,渋沢栄一のような,「バランス」を重視した解釈をとれば,他者との間でWin-Winになるための「最適解」を常に模索する姿勢こそが「常識」と呼ぶべき概念である,ということになります。


実生活における成功や幸福追求の観点からは,明らかに,渋沢栄一の解釈の方が効果的といえます。


ぜひ,皆さんも,ご自身の中での「常識」に対する解釈を見直してみてくださいね!