阿部竜司法律事務所 札幌弁護士会所属 阿部竜司法律事務所 札幌弁護士会所属

2017 02.10

信頼関係の薄い相手に納得してもらう方法⑤~win-winを目指す~

結局5回にわたるシリーズになってしまいましたが,今回がシリーズ最終回となります。

(シリーズ①はこちら,②はこちら,③はこちら,④はこちらです)


第1ステップで相手の話を相手の身になって傾聴し,第2ステップで信頼関係を希薄にしてしまったことに関するこちらの至らなさを謝罪することで,相手はこちらの話を聞く体勢が整ってきます。

もちろん,何でもかんでもこちらの言うことを理解してくれるというような状態とはいえません。

そもそも信頼関係が希薄になってしまっているわけですから,そこは高望みしてはいけないでしょう。

ただ,皆さんが相手の立場だったとして,

・まず先に自分が言いたいことをひととおり話す機会をくれて,それについて一切反論等はせずにじっくりと耳を傾けてくれて,しかも,先に相手が自分の非を認めてその点について謝罪してくれて・・・

という状況で相手の話を聞き始めるのと,

・こちらの話をろくに聞かず,自分の非も棚上げにして,自分の意見の正当性や,自分の方が可哀そうな立場にあるというような話をし始める・・・

という流れで相手の話を聞き始めるのと,どちらの方が相手の話を聞いてみようという気になるかということです。

たぶん,後者を選ぶ方は,本稿を読んでいないのではないかと思います。

本シリーズに興味が湧かないでしょうからね。


さて,自分は前者を選ぶなと思った方だけこの先を読み進めていただければと思います。

いよいよ,第3ステップは,こちらが相手に理解してもらいたいこと,聞き入れてもらいたい意見を話していくという段階です。

ここでもっとも大事になるのが,本稿のサブタイトルでもある「win-winを目指す」という姿勢(マインド)です。

せっかく第2ステップまでを踏んで相手のこちらに対する信頼の気持ちを醸成することに成功しても,第3ステップにおいて,一方的にこちら側の利益や都合ばかりを重視したお話をしてしまっては,

「なんだよ。結局わがままを押し通したいだけかよ。」

という印象を持ってしまい,相手にこちらの意見を受け入れてもらうという目的を達成することはできません。

そうではなく,こちらの提案内容が,自分にとっても相手にとっても有益なこと(=win-win)と考えられるのではないか,ということをプレゼンテーションすることが重要です。

特に,相手にとってのメリットや有益性を強調することが大事です


具体例として,以前私が対応した,ご近所同士のお金の貸し借りによるトラブル(期限通りに返してもらえていないというもの)について貸主さんからのご依頼を受けた案件についてお話ししたいと思います。

私が相談を受けた段階で,借主さんは,貸主さんからの電話連絡等にはそれなりに対応するものの,「申し訳ないが今は返せない。」というような感じで,具体的な返済の話に進んでいかない状態になっていました。

そのような状態が1年以上も続いてしまったことから,対応に苦慮された貸主さんが,ご紹介を通じて私のところにご相談に来てくださったという経緯でした。

お話を聞く限り,元々ご近所さん同士だし,借主さんも「返すつもりはない!」などと開き直っているようなケースでもなさそうだったので,一括返済は無理でも,可能な範囲の分割返済であれば合意形成は可能なのではないかと感じました。

ご依頼を受けた私は,早速内容証明郵便で「●月●日までに支払ってもらえなければ裁判させてもらいます!」という趣旨の督促状を相手方に送付・・・

・・・することはなく,「返済方法について一緒に考えたいので,まずはご連絡をください」という趣旨のお手紙を書いて,借主さんにお送りしました。

すぐに借主さんから連絡があり,私の事務所で改めて面談にてお話ししましょうということになりました。

面談における私の目的は,この日に分割返済に関する大まかな合意内容をまとめることでした(なお,予め貸主さんからは,『このくらいの分割返済であれば合意してOK』という許可を頂いていましたので,その範囲を目指していました。)。


面談当日,私はまず第1ステップ・傾聴から面談をスタートさせました。

すなわち,現時点で返済できていない理由や,それについての借主さんの考え,お気持ち等を全て先に話してもらいました。

ひととおり話していただいて,(当然と言えば当然ですが)借主さんにもそれなりの事情があったことがわかったので,まずそのような事情に対して共感を示しました。

(具体的には,「そのような状況では,確かにこちらの貸主さんへの返済が滞ってしまうのも無理はないですよね。」という言葉を使っています。)

次に第2ステップですが,この件は貸主さんに非はないと思われる案件だったので,「貸主さん側もこういうところが至らなかったと思うので,それは申し訳なかったです。」という話はしませんでした。

もっとも,「突然弁護士から手紙が来てびっくりしましたよね?驚かせてしまってごめんなさい。」という話をしました。

(謝罪すべきことかどうかという価値判断は抜きにして,第2ステップを踏むことで,より借主さんとの信頼関係を厚くしたいと考えての行動でした。)

その上で,返済方法を一緒に考えましょうという話を展開していきました。

具体的には,借主さんに考えてもらいたいメリットとして

・今日のお話合いである程度分割返済について協議を進められなければ,法的手続に進む可能性も出てきしまうが,ご近所同士ということもあるし,それは借主さんにとって望ましい事態ではないと思われること

・極端に支払回数が多くならない限り,収入の範囲内で無理のない返済計画で構わないと(こちらは)考えていること

・書類の作成等面倒な手順はこちら側で引き受けること

等をお伝えしていきました。

借主さんは,第2ステップを終えた段階で既に「こちら側(=借主さん側)の事情に配慮してもらって助かります。」というような反応をしてくださっていたので,想定以上に話はスムーズに進みました。

結果として,45分程度の面談で,その場で分割返済の合意書を取り交わすことができました(※もちろん,予め貸主さんから許可を頂いていた範囲に収まる内容です)。

こうして,この件は受任から1週間程度で合意形成に至ることができ,その後の支払も全く滞ることなく順調になされていきました。


もちろん,どんな話合いの場でもこんな風にうまくいくということはまずありえません。

特に,上記の例は初対面の弁護士と借主さんという人間関係だったので,ある意味こじれ方が浅い方だったといえます。

これに対して,夫婦間や恋人間,親子間,会社の同僚(ビジネスパートナー)間等の場合はもっと複雑になるでしょう。

とはいえ,3つのステップがお話合いの目的を達成する上で効果性を有することについては間違いありません。

なぜなら,3つのステップは,全て,人間関係において信頼関係を築く効果を有する原則に沿っているからです。


複雑な人間関係のケースでは,1回の話合いでトントン拍子にいかないことも多いでしょう。

ただ,それは仕方のないことでもあります。

言葉を選ばずに言ってしまえば,いわばそれは自業自得により生じた結果としての状況だからです。

簡単に解決できないほど信頼関係が著しく希薄化する前に,何らかの手を打とうと思えば打てたはずですから。

自分自身で招いた状況である以上,自分自身の努力で問題解決を図っていくほかありません。

いざ問題解決に取り組もうという気になった時には,本シリーズでお話しした3つのステップをぜひ活用してみてください。


さて,シリーズの最後に,最も重要なことをお伝えして締めくくりたいと思います。

本シリーズでは,「信頼関係が薄くなっている相手に納得してもらう方法」というテーマで,主に技術的なことをお伝えしてきました。

しかしながら,技術を活用する前提として,もっと重要なことがあります。

それは,

「なぜ自分はこの人との信頼関係を回復しなければならないのか」

あるいは,

「なぜ自分はこれだけ信頼関係が薄くなって話しにくくなっている相手に自分の話を聞いてもらう必要があるのか」

という,ご自身の行動目的を明確にしておくことです。

そもそも大した目的でないのであれば,3つのステップを活用して根気よく相手に心を開いてもらおうなどという行動を続けることはおよそ不可能です。

ちなみに,私が3つのステップをビジネスでもプライベートでも日常的に活用できるのは,「原則を中心として,常に自らの目的目標達成に向けて効果的な人生を送る」という,自らの目指す「理想の自分」に近づいている実感を持つことができるからです。

言い換えれば,言行一致を達成できていることで,自分に自信を持つことができるからともいえます。


なぜ問題解決が必要なのかという目的を明確にし,本気で解決を目指す必要性を感じることができたら,ぜひ3つのステップを活用してみてくださいね!!


長編シリーズを最後までお読みくださり,誠にありがとうございました!