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20178.22

人間関係を良好にするコツ⑮~自分の理想像を固める~

私には2歳になったばかりの息子がいます。

息子は順調にすくすくと成長してくれて,いつもその存在にたくさんの幸せをもらっています。

そんなかわいい息子ですが,ある意味順調に「魔の2歳児」にもなってきています(苦笑)。

というのも,自我の芽生えに伴ういわゆる「イヤイヤ期」に入ってきており,これまで素直にしてきたことを唐突に嫌がったりすることが増えてきました。

先日は,遅れられない予定を組んでいる旅先で,出発時間が迫っているにも関わらず着替えを激しく嫌がり,夫婦ともどもなかなかの苦労をしました。

私も人間ですので,オムツをはくことすら激しく抵抗して嫌がる息子に,正直うんざりした気分になりましたが,苛立つ感情を抑えて黙々と(かつ必死に)息子の着替えを終わらせました。


さて,こんな場面で,皆さんだったら子供に対してどんな反応を選択するでしょうか?

似たような場面は誰しもご経験があると思います。

その相手は,同じく子供かもしれませんし,配偶者,恋人,親,上司,部下,同僚等々,その他の様々な人間関係においてかもしれません。

このように,特に自分に大きな非があるわけではない場面において,他者によって自分の思い通りにいかない状況が作られたとき,多くの人は,感情的になって相手を脅したり,非難をぶつけたり,時には暴力を振るってしまうことすらあります。

あるいは,相手が上司や親など,立場上あからさまな反発行為をしにくい場合には,憎悪感情を内に高ぶらせて,陰口を言ったり,相手を困らせようとする行為をしたりすることもあるでしょう。


では,このような感情的・短絡的行為は,周りの人たちと豊かで良好な人間関係を作っていく上で効果的でしょうか?

もちろん,そんなことはありませんよね。

そのことは,誰しもご承知のことと思います。

ただ,

『わかってはいるけど,自分は短気だから,感情的な行動を抑えられないのだ』

とか,

『相手がこちらを怒らせるようなことをしてくるのだから,仕方ない』

というように,自制的行動を取れないことを「自分ではどうしようもないこと」と考えてしまっている人が多いのです。

でも,実際世の中には,そんな苛立ちを感じる場面であっても,感情的にならずに,落ち着いて対応ができる人もいます。

このような対応能力は生まれついた天性のもので,できる人とできない人が厳然と区別されるのでしょうか?

そんなことはありません。

大きな声を出すか出さないか,手を出すか出さないか,脅すか脅さないか・・・。

これらはいずれも,全ての人間に与えられている行動の「選択肢」です。

選択肢ですから,当然「選べる」わけです。


「俺は短気だから,そんな行動を選ぶことなんできない!」

と,頑なに思う方もいらっしゃるかもしれません。

それでは,あなたは相手が家族や同僚や部下ではなく,上司や顧客であっても,苛立ちを感じる行為をされたら同じように大きな声を出したり,脅したりするのでしょうか?

おそらく,しないという方がほとんどのはずです。

それはまさに,相手を見て自分の行動を「選んで」いるからですよね。

そうだとすれば,感情的な行動をとってしまいがちな人が人間関係を良好にするために考えるべきことは,「短気な性格を直す」とか,「ストレスを溜めない」とかそういうことではなく,

「どうすればどんな場面でも落ち着いた対応を一貫して選び続けることができるか」

ということになるのではないでしょうか。


ここからが今日の本題です。

どんな場面でも落ち着いた対応を一貫して選び続けるために大事なこと,それは,自分の理想像を固めるということです。

「自分軸を作る」とか,「人生理念を考える」というのもほとんど同様の意味です。

要は,「自分はこんな風に人間でありたい」という姿を,人に対して言葉で詳細に説明できるレベルまでしっかりと思い描くということです。


このようなお話をすると,

「理想の自分を思い描くことだけで短気な自分を抑えるなんて無理だ!私だってこんな短気な自分が良いなんて思ってないけど,全然治らない!」

と思う方もいらっしゃるかもしれません。

ですが,そのような方はぜひ考えていただきたいことがあります。

あなたはどんな場面においても「理想的な自分であればこういう行動を選択する」ということを,人に説明できるでしょうか?

ただ単に,「怒らないで我慢する」とか「大きな声ではなく普通の声で注意する」とか,そういうことではありません。

「自分の思い描く理想像は,一言でいえば●●である。だから私は,●●という理想像に近づくために,こういう場面では●●という行動を選択する」

というように,一貫した説明ができなければなりません。

「理想像を固める」というのはそういうことです。


例えば,私の思い描く理想像は,一言でいえば「仁に生きる人」(=他者を思いやり,他者の幸せに貢献し続ける人)です。

だから私は,息子を思いやり,息子の幸せに貢献することで,自分の思い描く「仁の人」という理想像に近づくために,(自我の成長に伴う必然的な反応として)こちらが望む行動を嫌がる息子に対して,感情的に声を荒げたり,脅したりはせず,落ち着いて息子の着替えを進めるという行動を選択しました。

だって,息子にしてみれば,大人の都合で自分が嫌がる行動を強いられているわけですから,嫌がっても仕方ないですよね。

それに,そもそも2歳児に対して,「お父さんとお母さんは急いでいるんだから,お前も空気を読んでおとなしく着替えなさい」というのは無理な要求ですし(^_^;)

そう考えると,上記のような場面で,こちらの言うことを聞かないからといって怒ったり脅したりするのは,完全に親の都合を子供に押し付けているだけで,何ら子供に対する思いやりの発露とはいえないのではないか,と私は考えました。

結果として,私は,怒ったり脅したりするという行為は選択せず,「ごめんね~」などと言いながら強引に服を着せました。

ここで,息子が服を着たくなるまで待つ,という選択も頭をよぎりましたが,その後の予定は遅れるわけにはいかず,その選択は難しい状況でしたので,息子に謝りながら力技を発動しました(苦笑)。

ベストな選択であったかどうかはわかりませんが,服を着た後まもなく息子は機嫌が直り,笑顔を見せてくれていたので,問題なかったものと思い込むことにしました(笑)


人に言葉で説明できるほど強く思い描く理想像があり,常に『その理想像に叶うかどうか』ということを念頭に行動を選択する習慣を身に着ければ,必然的に感情的で短気な行動は減っていきます。

いきなり「理想像」なんて言われても思いつかないという人は,『この人のような人格を身に着けたい』という「心の師匠(=人格的師匠)」を見つけましょう。

親,兄弟,先輩,上司といった身近な人たちでももちろんOKですし,歴史上の偉人や,現代社会における著名人等でも構いません。

とにかく,特定の技能・技術に対する憧れではなく,人格面で「この人のようになりたい」という憧れの人を見つけましょう。

見つけることができたら,あとは,どんな場面であっても,『心の師匠だったら,こんな時どうするだろう』と考えて,師匠の真似をするつもりで行動を選択しましょう。


自分が行動を選択するための確かに基本軸になる「理想像」があれば,人の行動選択は自然と効果的なものに変化していきます。


本投稿をお読みいただいたことをきっかけに,ぜひ自分の理想像について考えてみてくださいね!