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20173.21

自分にとっての「当然」が他者にとっての「当然」とは限らない

皆さんは,

『~~という時には,●●して当然なのに,それができないあの人はおかしい』

というような感覚を持ったことがあるでしょうか。

例えば,挨拶をしたのに返してもらえなかった時に,

『人に挨拶をされたら返すのが当然なのに,それもできないなんておかしな人だ。』

とか,

他者に対して何か善いことをしたのにお礼を言ってもらえなかった時に,

『人に何かお世話になったらお礼を言うのが当然なのに,この人はなんて常識がないんだ。』

とか,

他者に迷惑をかけられたのに謝ってもらえなかった時に,

『人に迷惑をかけたら謝るのが当然なのに,謝りもしないなんて許せない!』

等と思ったことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。

さて,上記のような感覚を持ったことがある方に考えていただきたいことがあります。

それは,“あなたが思った「当然」は,間違いなく相手にとっても「当然」であり,絶対的な「原則」といえるものかどうか”ということです。


「原則」は,以下の4つの要素を持っています(※スティーブン・R・コヴィー著「7つの習慣」より)。

① 普遍的である(万国共通である)

② 不変的である(時代を選ばない)

③ 自明の理である(考えなくても感覚的に理解できる)

④ 意思に関係なく作用する


つまり,「原則」とは,国や人種に関係なく,時代を問わず共通するものであり,感覚的に誰しもが理解できるようなものであって,かつ,誰の意思にも関係なく作用する法則を指すわけです

典型的な「原則」の例として,『嘘つきよりも正直者の方が信用される』というものがあります。

きちんと調べたわけではありませんが,おそらく嘘つきの方が他人に信用されやすい国や人種などはまずないでしょう(①普遍性)。

それに,昔だったら嘘つきの方が信用された,ということも考えにくいですよね(②不変性)。

嘘つきよりも正直者の方が信用されるということは,頭を捻って考えなくても感覚的に理解できますよね(③自明の理)。

どれだけ「嘘つきの方が信用される」と人に信じ込ませようと思っても,そのような人の意思に関係なく,誰しもが「正直者の方が信用できる」と考えますよね(④意思に関係なく作用する)。

このような「原則」に当てはまることについて,それに反することがあったとすれば,それは相手の異常を疑っても良いと思います。

おそらく,非常に低い確率の例外的な状況だからです。

上記の例でいえば,「嘘つきの方が絶対に信用できる!」と心から信じている人がいたような場合ですね。

これは,むしろ「なんで!?」と思うべきです。


では,このような「原則」に該当しない事柄の場合はどうでしょうか。

それでも相手の感覚や反応を「異常である」と断ずることはできるでしょうか。

それはとても危険な行為であり,お勧めできません

なぜなら,「原則」に該当しない事柄であるということは,

・ 国や人種等によって変わりうる考え方であったり(≠普遍性)

・ 時代によって変わりうる感覚であったり(≠不変性)

・ 必ずしも誰しもにとって感覚的に理解できるものではなかったり(≠自明の理)

・ 誰かの意思によって作用しないこともありうる(≠意思に関係なく作用する)

ものだからです。

つまり,「原則」に該当しない事柄の場合,あなたにとって「当然」のことであっても,他者にとって「当然」といえるとは限らないわけです。

挨拶の例で考えてみましょう。

確かに,他者に挨拶をしたときに,挨拶を返してもらえたら気持ち良いですし,返してもらえなかったらちょっとイラっとしたりするというのは,おそらく多くの人が感じる感覚でしょう。

しかし,そうだとしても,「人に挨拶をされたら挨拶を返す」というのは「原則」といえるでしょうか。

・ 国や人種によっては,もしかしたら挨拶は一方的にするものであるという感覚を持っている人ばかりいうこともあるかもしれません(≠①普遍性)

・ 同じく,時代によっては,そもそも挨拶をする習慣自体,あまりないということもあったかもしれません(≠②不変性)

・ 人によっては,相手から挨拶が返ってくるかどうかなんて気にしないという人もいるかもしれませんから,自明の理といえるかも疑問が残りますね(③≠自明の理)

・ 自分自身で,「挨拶をされても返さない」と決めてしまえば,そのように貫くことは可能ですよね(≠④意思に関係なく作用する)

ということで,「人に挨拶をされたら挨拶を返す」というのは,「原則」に該当するとはいえなさそうですね。

「人に何かお世話になったらお礼を言う」とか,「人に迷惑をかけたら謝る」というのも,同じように4つの要素に当てはめてみれば,「原則」に該当しないことが見えてきます。


このように「原則」に該当しない事柄は,すべからく,「他者と共通しているとは限らない個人としての価値観」ということができます。

だから,ある人にとって「当然」と感じることは,必ずしも他の人にとって「当然」とは限らないわけです。

価値観が違いますからね。

このことを前提に他者と接するようにすると,人間関係の悩みはかなり軽減されるはずです

なぜなら,多くの人間関係の悩みの原因は,自分の価値観と他者の価値観との相違に気づかなかったり,自分の価値観を「原則」であるかのように絶対視して,それと異なる他者の価値観を「異常なもの」とみなしてしまう感覚が基になっているからです。

夫の価値観,妻の価値観,子供の価値観,親の価値観,きょうだいの価値観,上司の価値観,部下の価値観,同僚の価値観,顧客の価値観,取引先の価値観・・・

みんなそれぞれ異なります。そして,そこに優劣はありません。

大事なことなのでもう一度言います。

それぞれの価値観に優劣はありません

ある人の価値観が優れていて,ある人の価値観が劣っているということはないのです。


ただし,効果的な価値観かどうかというところに大きな違いはあります

「効果的」というのは,その人が目指す理想の自分に近づくために効果的であるとか,もしくは,その人の人生の目的を達成するために効果的ということを意味しています。

大事なことは,このような「効果的な価値観」を身に着けることにあります。

そして,「効果的な価値観」を身に着けるというのは,一言でいえば,“価値観を「原則」に合わせる”とか,“原則を中心として行動を選択する”ということを意味します。

次回の投稿にて,「効果的な価値観」を身に着けるということについて掘り下げていきたいと思います。

ぜひ,次回もお読みいただければ幸いです(^^)