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20172.14

「真の素直さ」とは

皆さんは,「素直」という言葉をどんな意味で使われていますか?

大辞林では,「性格や態度にひねくれたところがなく、あえて人に逆らったりしないさま」と定義されていました。

また,大辞泉では,「従順」という言葉も記載されていました。

おそらく,同じような意味合いで用いられている方が多いのではないでしょうか。

よく,「人の意見には素直に従った方が良い」などという話がありますが,これはまさに典型的な「素直」の使われ方ではないかなと思います。


さて,このような「素直」の使われ方から,「素直さ」とは,人に忠告されたり意見を言われたりした時に,自分の考えを封じ込めて,従順にその忠告や意見に従うことをいう,と思われていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

逆に言うと,他者に意見を言われても,結果としてその意見を取り入れずに自分の考えを押し通す人は,「素直さ」を持っておらず,「頑固」だと思う方が多いのではないでしょうか。

かく言う私も,以前は「素直さ」は「従順」に近いものとしてイメージしていたことがありました。

しかし,松下幸之助の「素直な心」に関する教えを知って,一瞬にしてイメージの張替えがなされました。

要は,パラダイムシフトが起きたということですね。

松下幸之助の考える「素直な心」については,こちらのサイトに詳細が載っておりますので,ぜひ一度ご覧いただければと思いますが,本稿でも,特に私が好きな2つをご紹介したいと思います。

曰く,「素直な心というものは、だれに対しても何事に対しても、謙虚に耳を傾ける心である。」(素直な心の内容10か条・第2条『耳を傾ける』)

曰く,「素直な心というものは、すべてに対して学ぶ心で接し,そこから何らかの教えを得ようとする謙虚さをもった心である。」(素直な心の内容10か条・第6条『すべてに学ぶ心』)

この2つ(中でも特に第2条の方)を見て,「なんだ。大げさなこと言ってたわりには,辞書的な意味とあんまり変わらないじゃないか。」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

ですが,人の意見に「従順」に従うことと,人の意見に謙虚に耳を傾け,あらゆる物事から学びを得ようとする謙虚さを持つことは全く意味が違います。

人の意見に「従順」に従うというのは,端的に言ってしまえば何も考えずに(もしくは自分の考えを押し殺して)他人の意見に乗っかっているだけです。

そこには,個人が自立的意思決定(=選択)を行う上で極めて重要なものが抜け落ちています。

何だと思いますか?



それは,「責任」です。


単に「上司の命令だから。」とか,「親が言うから」とか,「自分よりできる人の意見だから。」とか,そういった理由で従順に他者の意見に乗っかって行動を選択した場合,仮にその結果望み通りの展開に至らなかったとしたら,人はどのように考えるでしょうか?

ほとんどの場合,「上司のせいで」,「親のせいで」,「あの人のせいで」・・・というように,結果に対する「責任」を他者に押し付けようとするでしょう。

このように,責任を他者に押し付けてしまうと,人はそこから一歩も前に進めなくなります。

成長は止まり,人間関係は悪くなり,さらには,そういった展開をなおも他人のせいにして,どんどん負のスパイラルに陥っていきます。

これが「真の素直さ」から来る行動の末路と本当にいえるでしょうか。

そうではないはずです。


それでは,「真の素直さ」とはどんな概念と理解すればよいのでしょうか。

松下幸之助は,人の意見に謙虚に耳を傾けること,あらゆることから謙虚に学ぶことが「素直な心」であると説いています。

さて,このような説明の中に,「人の意見をとにかく採用しろ」とは一切書かれていませんよね。

「人の意見を聴く」という表現に触れた時に,「人の意見を聴くこと」=「人の意見を採用すること」だと勘違いされている方が一定数いらっしゃいます。

しかし,人の意見を聴くというのは,他者の考えという情報を主観を交えず自分の頭にインプットする行為であって,それを採用して行動選択するかどうかはもっぱら個々人の判断に委ねられています

そう,上司の命令であろうが,親が言ったことであろうが,自分が尊敬する人のアドバイスであろうが,その意見を基に行動するのか,それとも別な考えの基に行動するのかという「判断」は,もっぱら自分自身の「責任」なのです。

人は,自分自身の脳内にある情報を基に,自分自身で,どんな行動をとるべきかを考え(=判断),その判断に基づいて行動を選択しています

人は誰かに強制的に操られているロボットではないので,これは間違いなく原則です。

そうであるなら,自らの判断(=意思決定)に基づいて自ら選択した行動の結果である以上,その責任は誰でもなく自分自身が負うべきものです

誰のせいにすることもできません。

人の行動に伴う,「判断・選択・責任」はワンセットということですね。

松下幸之助はの言う「素直さ」とは,このような「判断・選択・責任」という流れの前提となる脳内の情報をインプットする作業について,どんな相手であっても謙虚に耳を傾け,どんな出来事からも謙虚に学びましょうという姿勢なのです。


例えば,部下・後輩の意見に耳を傾けようとしない上司・先輩というのはどこの世界もいますよね。

こういう人は,「素直さ」がないということなのです。

子供の声に耳を貸そうとしない親もそうです。


幸運にも,私の周りには「素直な心」をお持ちの人生の先輩方が数多くいらっしゃいます。

私より20年以上も社会の第一線で素晴らしい成果を上げてこられた方が,私のような若輩者の話に対して,本当に真剣に耳を傾けてくださり,感謝の言葉まで述べてくださいます。

素晴らしいご姿勢であり,心から尊敬しています。

そして,自分も「素直さ」を持ち続け,そのような諸先輩方と肩を並べられる存在になっていきたいと思っています。

実際,「素直な心」を意識して他者のお話を聞いていると,本当にたくさんの発見があり,どんな相手であっても,どんなお話からも,常に自分の成長につながる学びは得られると実感しています。


皆さんの実生活でも必ず応用できることです。

例えば,今いち上司や先輩にリーダーシップがなく,会議やプロジェクトの進行に難を感じることがあった場合には,「ではどんな風にリーダーシップを発揮すれば会議やプロジェクトが円滑に進行するだろうか」と考えるきっかけを得ることができ,かつ,当該上司を反面教師にすることで,「この上司がやっていることと反対のことをやればいいのだな」と気づくことができます。

例えば,子供の率直なイメージや感情に基づくお話から,子供がどれだけ大人のことをよく見ているか,大人が思っている以上にいろいろなことをしっかりと考えているかを知ることができます。


元々,私は「人生に無駄なことは1つもない」というのが学生時代からの信条でしたが,松下幸之助の「素直な心」のお話を知って以来,日々の色々な経験からたくさんの情報が得られることによりいっそう気づくことができ,さらに人生が楽しくなりました。

素直な心を持てない人は,日々の経験から得られるたくさんの情報を自分の血肉とすることができず,(短期的な成功はともかく)持続的・長期的な成長・成功は望めません。

素直な心を持てない人は,「どうせこの人に言っても無駄だ」と思われて,他者が意見を言ってくれなくなり,孤立してしまいます。

素直な心を持てない人は,謙虚に人のお話に耳を傾けることができないので,人間関係の良好化が望めません。


皆さん,ぜひ,「素直な心」(=「真の素直さ」)を大事にしていきましょうね!!