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20168.1

真の「尊敬」とは

皆さんは,「尊敬」という言葉をどういうときに使いますか?

多くの人は,自分の理想の体現者や,憧れの存在,あるいは自分がすごいと思うような功績を上げている人などに対して,「尊敬する」,「尊敬している」という動詞として使っていると思います。

しかし,アドラー心理学では,「尊敬」をそのような意味では使っていません。

アドラー心理学では,「尊敬」とは,『ありのままにその人を見ること』あるいは,『人間の姿をありのままに見て,その人が唯一無二の存在であることを知る能力』等と説きます。

※後者は,社会心理学者エーニッヒ・フロムの言葉で,いずれも「幸せになる勇気」(岸見一郎・古賀史健著)から引用しています。

また,フロムは,『尊敬とは,その人が,その人らしく成長発展していけるよう,気づかうことである。』とも付け加えています。

私は,これらの「尊敬」の意義に関する説明を初めて読んだとき,鳥肌が立ちました。

瞬間的にパラダイムシフトが起こり,精神的興奮が極限まで高まったためです。

ちなみに,「尊敬」を辞書で引いてみると,こんな定義が載っていました。

「その人の人格をとうといものと認めてうやまうこと」,「人格・識見・学問・経験などのすぐれた人を,とうとびうやまうこと」

あれ?後者はともかく,前者は上記のアドラー心理学における定義と似ていませんか?

前者の定義であれば,後者と違い,すぐれているかどうかという点は問題にしておらず,およそ他者の人格を尊いものと認めて敬うことを表すものと解釈することができます。

そうすると,単に私たちが後者の定義ばかりを「尊敬」のイメージとして持ってしまっていただけで,「尊敬」の言葉そのものには,ちゃんとアドラー心理学で語られているものと同様の意義があるといえそうです。

(かく言う私も,後者の定義こそが「尊敬」という言葉の意味だとしか思っていなかったので,鳥肌が立つほどのパラダイムシフトが起きたわけですが。)


さて,辞書的な話はこれくらいにしましょう。

皆さんは,自分の周りにいる人たちを「尊敬」していますか?

これは老若男女問わずです。だって,その人が優れた人格や識見等を有しているかどうかに関わらず,その人の人格をありのままに見て,それを尊いものとして敬うことが「尊敬」なのですから。

0歳の赤ちゃんであっても,100歳の寝たきりの高齢者の方であっても,どんな人であっても,全ての人は,その人として尊敬されるべき存在ということです。


これって,世の中から争い事を無くす上ですごく大切な視点だと思います。

人と人とが,人種,信条,性別,社会的身分又は門地を問わず,お互いを1人の人間として,その唯一無二の人格を尊いものと認めて敬うことができれば,相手を打ち負かそうとか,相手を出し抜いてやろうというような気持ちにはおよそなりにくいでしょう。

マザーテレサ,マハトマ・ガンジー,スティーブン・R・コヴィー,エドウィン・O・ライシャワーといった,平和な人間関係の構築にその生涯を賭してきた偉人達は,皆,「尊敬」をこのような意味で使っていたのではないかと思います。

世界中でたくさんの人たちが,「尊敬」の意味を正しく理解し,お互いを認め合い,唯一無二の存在として尊重し合うことができれば,世界から争いごとは激減していくでしょう。

少しでも共感していただけた方は,ぜひ,今後は「尊敬」を「その人のありのままを見て,唯一無二の存在として認めること」という意味で使ってくださいね!